もっと
ストレートに言うと
好みの音楽を
みつけたりするのは
現代人的には、
時間がかかりがちだから
ひとつのすきな音楽ジャンルから
まずは、聞いてみて
ほっこりとしたい今日このごろ。
音楽というのは、
聞いている環境とか
自分自身のその置かれた場所とか
シチュエーションとか、
新しいものに憧れているときなのか?
あるいは、
古いものを感じたいときなのか?
何か新しい発想を
引き出したいときなのか?
生活、環境、仕事
オンとオフ、その使い分け
空間、カルチャー
自分自身がそのとき
フォーカスしている物事、
いろんな感情や世界が
いま〔聞きたい音楽〕を
選ばせたりするのだから…不思議である。
まさに、音楽とは
一過性のものではないから、
面白いしだからこそ
共通の趣味、共通項で
共感しやすいのである。
私は、エネルギッシュに
市民活動をしていたころ
デモや集会では共感できていても
一旦、その場所を離れると
市民活動は一期一会的な世界だと
気付いてきたのだ…
とくに政治を語る場所には、
個人と個人を
共感には導いてはくれないのだ。
なぜなら、政治=政策が
あまりに次々と国会や
政党から出ているし
いちいちその政党について
自分自身の意見をムキになって主張していても
そもそも、自分自身とまったく同じ
考えの人間はいないのだから…ネ
ミクロの単位で、人はひとりひとり
考え方が違うし
「この私の意見だけが正しい」
「この政党がいちばん!」
「いやいや、この政党には裏があるぞ!」
「あら、あなたの推している
あの政治家は人気取りだけ、金儲けだけよ」
などの議論がなされたり
どんどん言論が、ヒートアップしたり
あらゆるバトルが
あらゆる論争が
あちこちで見受けられるのだ…
つまりは、
世間で騒がれる政策を
いちいち追っては、その度に議論すると
かならず人間VS人間=プロレスが
たたかいが
勃発してしまう…!
そんな場面を
市民活動の最中、あちこちで
目の当たりにしてきたため、
政治という分野で
仲間や恋人、友人、知人を
つくったりするのは
実用的ではないし、
現実化しないものなのであるネ。
政治の複雑や難しさ、
ミクロでマクロな情勢、社会問題
世間の政治について
共感して仲間を増やすのは
困難が伴うのだから…
だからこそ
私は最近、疲れ気味だし
この状況を言い換えると、
『異様で無気味な舞踏会』参加みたいな感じ…である。
人に好かれたがる人は、
政治家には向かないし
市民活動も、世間に政治を語るから
人に嫌われたりは日常的である分野。
八方美人の人が、
市民活動に向いていないのは
当たり前なのだ。
つまり、多様性を受け入れる
ポジティブな分野ではなく、
色々な言論が日夜飛び交うから
非常に騒がしいし
常に頭脳を使う生活になりがちである。
お互いに騒がしいし、
共鳴はその時、その時あったとしても
燃える炎のように、一瞬のひかりとして
すぐに消えてしまうのだから…
政治と正面から向き合うならば、
状況がコロコロ変わる、これらの
社会情勢、政治情勢
偽情報、真実情報
グレーゾーン情報などの大海原に
飲み込まれてゆくし
間違いなく
政治一辺倒の偏った生活、思考になりやすく
何年も気持ちが荒んでしまうのだ…
本業ではない政治について、
何年も発信し続けるのは
すぐに倒れるような砂の城の姿みたいだ。
こんなとき、好きな音楽とか
好きなことを追求しているときは
かなり重荷が減るし、こころのなかも
軽やかになるから…ネ!
やはり今夜も聞きたい音楽を聞いて
ゆったりした時間を過ごして
脳内をリセットしてみようと思ったりする☆